2010年1月21日木曜日

日本辺境論




ここではないどこか
外部のどこかに
世界の中心たる「絶対的価値帯」がある
それにどうすれば近づけるか
どうすれば遠のくのか
もっぱらその距離の意識に基づいて
思考と行動が決定されている

かつては中国であり
欧米列強であり
今はアメリカあたりが
中心になっている

私たちに世界標準の制定力がないのは
私たちが発信するメッセージに
意味や有用性が不足しているからでは
ありません
「保証人」を外部の上位者に
つい求めてしまうからです
外部に「正しさ」を包括的に保証する
誰かがいるというのは
「弟子」の発想であり
「辺境人」の発想です

ただ辺境人だからダメという事ではなく
辺境人だからこそ
「外部に上位文化がある」というロマンは
無限の「学び」に繋がる
どこまでいってもまだまだ上があると思い
道を究めていくことができる長所がある

劣等感は個人において
成長の糧になるものだが
民族レベルでも文化的劣等感というのが
役割を果たすことがある



























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