2011年6月26日日曜日

記憶と記録











やっぱり記録より記憶だなと
今回の東日本の震災をみて思う

よく記録に残ってたら
後世の人に伝えられるとは言うものの
後世の人が重要性をもってその記録に触れるかどうか
というところは別問題で
埋もれてしまってる情報となるのなら
記録が無いのに等しい状態


人間3世代以上離れてくると
記憶が薄れていく なくなってしまう
記憶に残っていれば
その時の感情もある程度残っているので
アクションは起こせるのだと思う


例えば 日露戦争から
たかだか100年少々ぐらいの現在だけど
記憶を持って知っている人は誰もいないのだから




























2011年6月24日金曜日

暑さ







暑さは
人間をダメにする

昼間は無理だよね
猛暑日だと
まだ慣れてないから
無理すると大変

それにしても
ひどい暑さだ


夏もこれからが勝負
まだはじまっちゃあいない


























そもそも













インターネットの最大の特徴とは
(忘れられがちだけど)
時間・距離を限りなく0に
近づけれることだと思うので
できるだけ有効的な使い方をしたいなとは
思っている

となると
身近に住んでて簡単に連絡とれる人たちとは
ネット上では疎遠になってたりするんだけど

様子を眺めていると
意外と実社会と同じ人と同じことを
ネット上でやってる人もたくさんいる訳で ... .
直接 TELやMailすればいいのにと思う
(特にSNSとかではしないで)

損得勘定で考える訳ではないけど
あまり発展性がないと思うのは
私だけか?



























2011年6月22日水曜日

30000











13年連続だそうだ
年間自殺者が3万人を超すのが


この男女とも世界で一番長生きする国の内部では
異常な事態が起こっている


確率からすると3/13000だが
確実にこの世に絶望を感じ
去っていく人がいる

























2011年6月21日火曜日

必然的な偶然











ここ最近 SNSが大流行りなのは

興味ある人と友達になるのだが

そこから発信される情報には

想定以外の情報も含まれる

(釣りが好きで友達になったのだが その人からは
食べ物や旅行の情報が発信される様に)



”必然的に偶然が発生する”


そのことが 今までの

求めていた情報がその通り得られるWebの使い方から

よりリアル社会に近い

思ってもいなかった偶然の情報を得る事ができる人間のやり取り

になってきているところに人々の興味が集中している





























2011年6月20日月曜日

只今 逆転の最中 









ウィキリークス、SNSなどにより

ネットワークを強力に張り巡らした市民により

政府が市民を監視するのではなく

市民が政府を監視する様になってきている



政治だけでなく 産業も含めて変わってきている


末端の一市民が行動の起こせる時代

こちらの方が より自然だと思う ついこの前の時代より




























2011年6月18日土曜日

機械の中
















”我々は機械の中に住む幽霊である”


ギルバート ライルが
デカルトが身体と心を2元性に分け
対比的に考えた身体観の問題を批判した比喩

自己としての同一性の根拠は心にあるものとしているのに
我々は心と身体を両方をもつ存在であるという矛盾


つまり ”我々は身体の中に住む心”であると